おはようございます。うたです。中3・中1・小3の娘3人を育てています。
「今日は冷凍うどんにしよう」と決めた瞬間、小さな罪悪感がわいてくる。
ちゃんと作れなかった日。
野菜が足りなかった日。
スーパーのお惣菜を並べただけの日。
頭の中で、勝手に「減点」が始まる。
昨日はできたのに。
疲れたからって手を抜いていいのか。
ちゃんとした食事を出せない母親じゃないか。
誰に言われたわけでもないのに、自分で自分を採点して、勝手に落ち込んでいた。
仕事から帰って、子どもたちを迎えて、洗濯を片付けて、宿題を見て。
それだけやっておいて、「今日はうどんでごめんね」と思いながら食卓に並べていた時期が、長くあった。
ある日、ふと気づいた。
減点ばかりしてるなら、加点もしなきゃ不公平じゃないか、と。
今日も朝ごはんを出した。
お弁当を持たせた。
夕飯はシンプルだったけど、一緒に食卓を囲んだ。
娘たちが今日あったことを話してくれた。
それだけでも、じゅうぶん「えらい」じゃないか。
「正解の夕飯」なんて、誰が決めたんだろう。
娘たちは、冷凍うどんの日も、カレーの日も、お惣菜が並んだ日も、ちゃんとご飯を食べている。笑っている。文句も言わない(たまに言うけど)。
しんどい日の、わが家の3つの手
しんどい日といっても、やり方はいくつかあります。わが家の定番は、この3つです。
| しんどい日の手 | 5人ぶんの金額 | どんな日に |
|---|---|---|
| 冷凍うどん | 約500円 | 帰りが遅くて、もう何も作れない日 |
| スーパーのお惣菜 | 約3,500円 | 買い物に寄る余力はあった日 |
| 外食(サイゼリヤやマクドナルド) | 約6,000円 | 作る気力も、買いに行く気力もない日 |
改めて数えてみて、自分でも驚きました。
お惣菜の日は、思っていたよりずっと高い。
5人ぶんを買うと、あっというまに3,500円くらいになります。外食との差は、2,500円ほどしかありません。
「手を抜いた日は、安く済んでいる」と、なんとなく思っていました。でも実際は、手を抜いた日のほうが高くつくこともあるわけです。
それでも、その出費は無駄じゃなかった
お金だけで見れば、冷凍うどんがいちばん安い。
でも、あの日の私に必要だったのは、500円で済ませることではなくて、台所に立たなくていい時間だったのだと思います。
しんどい日の出費は、ごはん代ではなく、休む時間を買った代金なのかもしれません。
「しんどい日はうどんでいい」と言い切れるようになったのは、ここ数年のことだ。
完璧じゃない日があっていい。
むしろ完璧じゃない日に食卓を囲めること、それだけで十分なんだと今は思う。
あなたは、しんどい日の夕飯、どうしていますか。
- 罪悪感の正体は「こうあるべき」という理想の母親像との比較だった
- 手を抜いたごはんは、愛情を抜いたごはんじゃない
- 娘たちは何を食べたかより、誰と食べたかを覚えている

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