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しんどい夜の夕飯に、ずっと罪悪感があった。

おはようございます。うたです。中3・中1・小3の娘3人を育てています。

「今日は冷凍うどんにしよう」と決めた瞬間、小さな罪悪感がわいてくる。

ちゃんと作れなかった日。
野菜が足りなかった日。
スーパーのお惣菜を並べただけの日。

頭の中で、勝手に「減点」が始まる。

昨日はできたのに。
疲れたからって手を抜いていいのか。
ちゃんとした食事を出せない母親じゃないか。

誰に言われたわけでもないのに、自分で自分を採点して、勝手に落ち込んでいた。

仕事から帰って、子どもたちを迎えて、洗濯を片付けて、宿題を見て。
それだけやっておいて、「今日はうどんでごめんね」と思いながら食卓に並べていた時期が、長くあった。

ある日、ふと気づいた。

減点ばかりしてるなら、加点もしなきゃ不公平じゃないか、と。

今日も朝ごはんを出した。
お弁当を持たせた。
夕飯はシンプルだったけど、一緒に食卓を囲んだ。
娘たちが今日あったことを話してくれた。

それだけでも、じゅうぶん「えらい」じゃないか。

「正解の夕飯」なんて、誰が決めたんだろう。

娘たちは、冷凍うどんの日も、カレーの日も、お惣菜が並んだ日も、ちゃんとご飯を食べている。笑っている。文句も言わない(たまに言うけど)。

「しんどい日はうどんでいい」と言い切れるようになったのは、ここ数年のことだ。

完璧じゃない日があっていい。
むしろ完璧じゃない日に食卓を囲めること、それだけで十分なんだと今は思う。

あなたは、しんどい日の夕飯、どうしていますか。

💭 罪悪感がふっと楽になった日に気づいたこと
  • 罪悪感の正体は「こうあるべき」という理想の母親像との比較だった
  • 手を抜いたごはんは、愛情を抜いたごはんじゃない
  • 娘たちは何を食べたかより、誰と食べたかを覚えている
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この記事を書いた人

もうすぐ50歳。3姉妹(小3・中1・中3)のお母さん。本業は動物研究員、元ケアマネジャー。老後のお金が足りないという現実を間近で見てきたから、わが子には早いうちからお金と向き合ってほしくてこのブログを始めました。失敗しながらも、正直に綴っていきます。

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