「いい大学に入って、いい会社に就職する」。
世の中がずっと“正解”だと言いつづけてきた、この道。
でも私は、その道にうっすらとした違和感を、ずっと抱えてきました。
それが先日、違和感の正体をぴたりと言い当てられた気がして、夜中にひとり固まってしまったんです。
きっかけは、スマホでたまたま開いた、数本の動画でした。
おはようございます。うたです。中3・中1・小3の娘3人を育てています。
三女を寝かしつけたあと、台所の片づけも終わって、ようやくひとりの時間。
本当は早く寝ればいいのに、ついスマホを手に取ってしまう。
あの、よくない夜更かしです(笑)。
おすすめに流れてきたのは、元ゴールドマン・サックスの河村真木子さんや、AIエンジニアの安野貴博さん、花まる学習会の高濱正伸さんが、これからの教育について語っている対談動画でした。
なんとなく再生して、なんとなく聞き流すつもりが――。
気づいたら、洗いかけのマグカップを持ったまま固まっていました。
動画の中で、こんな趣旨のことが語られていました。
今までのレールは、その先が切れている――。
レールの、先が、切れている。
その瞬間、ずっと胸の奥にあったモヤモヤの正体が、すっと見えた気がしました。
あぁ、私が感じていた違和感って、これだったんだ、と。
うまく言葉にできずにいたものを、ずばっと言い当てられて、思わず「あぁ……」と声が漏れました。
動画の中で、いちばん刺さったのがこんな趣旨の話でした。
賢いことの価値は、かなり暴落してきている――。
知識をたくさん覚えていること。テストでいい点を取れること。
私が「頭がいい子」だと思っていたものが、AIによってどんどん当たり前になっていく。
電卓が暗算を、検索が暗記を「特別じゃないもの」にしたみたいに。
正直、私はこれを聞いて、ちょっと反発したんです。
「でも、勉強しないよりはした方がいいでしょ」って。
我が家の長女、いま中3で受験生。
毎日「偏差値」と向き合っている真っ最中なんです。
それを「価値が暴落」なんて言われたら、じゃあ今の頑張りは何なの、って。
でもね、続きを聞いて、私の反発はしぼんでいきました。
動画では、続けてこんな趣旨のことも語られていました。
AIは、自分の鏡のようなもの――。
AIに同じ質問をしても、使う人によって返ってくる答えの深さが変わる。
浅い問いには浅い答えが、深い問いには深い答えが返ってくる。
つまり、暗記の量じゃなくて、その人が何を考え、何を問えるかという「土台」が問われる時代になった、と。
あぁ、そっちか、と思いました。
勉強がいらないんじゃない。覚えること「だけ」では、もう足りないってことなんだ、と。
動画では、AIには真似できない人間の力として、こんなことが語られていました。
「これがやりたい」という動機。
新しい問いを立てる力。
人を巻き込んで「この指とまれ」と言える力。
そして、自分の中にあるものを外へ表現する力。
偏差値の代わりに、挑戦した数・失敗した数・人を巻き込んだ数・表現した数を大事にする学校もあるそうです。
失敗の数が、評価される。
私が育ってきた価値観と、まるで逆さまで、くらくらしました。
そういえば、と思い出したことがあります。
三女が一年生のころ、折り紙でよくわからない物体を作っては「これ売れるかな!」と言っていたこと。
あのころ私は「そんなの売れないよ」と笑って流していた気がします。
でも本当は、あの「やってみたい」の芽こそ、いちばん大事だったのかもしれません。
もうひとつ、母としてドキッとした話がありました。
AIは、いつも優しい。こちらの望む答えを、すぐにくれる。
でもその「居心地のよさ」に慣れすぎると、人とぶつかることを避けるようになる。
「本当の友達より、AIの方が楽」と感じてしまう子もいる、と。
うちの娘たちも、わからないことはすぐスマホに聞きます。
便利だなぁと思っていたけれど。
人と意見が食い違って、もやもやして、それでも向き合う。
そういう「摩擦」こそが、人を育てるんだという言葉に、深くうなずきました。
泥遊びとか、言葉の通じない場所とか、思い通りにいかない「不条理」な体験。
それがこれからの時代、むしろ必要なんだそうです。
便利になればなるほど、不便を選ぶ勇気がいるなんて、不思議な話ですよね。
🎥 私が固まった動画
河村真木子さん・安野貴博さん・高濱正伸さんらによる、AI時代の教育をテーマにした対談。「偏差値というレールはもう先が切れている」という趣旨の話から始まり、これからの子どもに必要な力を、いろんな角度から語ってくれます。子育て中の親こそ、一度立ち止まって聞いてみてほしい内容でした。
▼出典(YouTube)
https://youtu.be/cFbwYrGmLgg
https://youtu.be/nlPadcL07KE
https://youtu.be/GM7IVUJukJc
https://youtu.be/4I29g3GT35Q
https://youtu.be/OeS7369wPug
ただ、動画を見て「うんうん」とうなずいて終わり、というのも、なんだか落ち着かなくて。
気になって、何冊か本も読んでみました。
そうしたら、動画で語られていたことと重なる話がたくさんあって、私の中のモヤモヤが少しずつ言葉になっていったんです。
「考え方はわかったけど、結局うちでどうすれば?」
動画を見たあと、いちばん知りたかったのがそこでした。
AIを取り上げるのは、もう現実的じゃない。
だったら、上手な付き合い方を一緒に身につけていくしかありません。
いろいろ調べたり、実際に長女のスマホを横からのぞいたりしながら、我が家ではこの3つを意識してみようと思いました。
📝 我が家のAIルール(試行錯誤中)
① 丸投げしない。
宿題や作文をぜんぶAIに書かせるのは、学ぶ機会ごと手放すこと。
でも「アイデアを出して」「この言葉の意味を教えて」「読みやすくするヒントをちょうだい」なら、いい相棒になる。
AIは“代わりに考える人”じゃなくて、“考えるための道具”。ここだけは外さないようにしたいです。
② うのみにしない。
AIは、それっぽく堂々と間違えることがあります。
だから「AIが言ったから正しい」じゃなくて、「本当にそうかな?」「別のところでも確かめてみよう」と一回止まる。
これってネットの情報やSNSとの付き合い方と、まったく同じなんですよね。
③ 最後は自分の言葉にする。
AIに説明してもらったあと、「つまりどういうこと?」「小3の妹にも分かるように言うと?」と自分でまとめ直す。
このひと手間で、はじめて“自分のもの”になる気がします。
AIに使われる側じゃなくて、AIを使う側になる練習、とでも言うのかな。
正直、まだ全然うまくいっていません(笑)。
気づいたら長女が作文の下書きごとお願いしていて、「これは丸投げでは?」と二人で笑ったり。
でも、こうやって「どこまでが手伝いで、どこからが丸投げか」を娘と話せること自体が、もう立派な学びなのかもしれません。
動画を見終わって、すっかり冷めたコーヒーを飲みながら思いました。
いちばん変わらなきゃいけないのは、子どもじゃなくて、私の方かもしれない。
ずっと違和感を抱えていたくせに、いざ不安になると、私はつい「いい大学、いい会社」というレールに娘を戻そうとしてしまう。
自分でも信じきれていない道なのに、です。
先の切れたレールに我が子を押し戻すなんて、本当はいちばんしたくないことなのに。
そう気づいて、ちょっと、こわくなりました。
でも、です。
私はAIにもデジタルにも詳しくない、もうすぐ50歳のおばさんです。
それでも、こうして夜中に動画を見て、「へぇ」とか「うわ」とか言いながら、まだ自分をアップデートしようとしている。
完璧な答えなんて出せないけれど、変化を面白がる姿だけは、娘たちに見せられるかもしれない。
明日からいきなり子育てが変わるわけじゃありません。
たぶん私はまた「勉強しなさい」って言っちゃうし(笑)。
でも、心の片隅に「挑戦した数・失敗した数」というものさしを、そっと置いておこうと思いました。
あなたは、お子さんに「まだ名前のない新しい分野」へ飛び込む勇気を、教えてあげられそうですか。
それとも私みたいに、つい「昔の正解」を握りしめてしまいますか。
正直、私はまだ、握りしめている側です。
だからこそ、一緒に少しずつ手をひらいていけたらいいなと思っています。
今日も読んでくれて、ありがとうございました。

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